ココログに見るネット時代の人材の大事さ

老師です。

どうもココログが、最近きな臭い。

最初は安定して安心して使えるblogで、非常に良かったし、痒いところに手が届き
有料でも納得だった。

どうも最近変なのだ。
メンテナンス失敗はあるし、どうもおかしい。

ある時点から足踏みしているように思っていた。

最近気づいたが、ココログのある技術者が抜けたようだ。
関連記事:「ココログ」開発者、はてなへ

どうも、その時期と一致している。

現状を見ると
ニフティの古河建純社長は、中国ソフト会社へ丸投げするより
はてなと協力すべきだ。

ネットでは恩恵も波及が大きいが少しの不具合も波及が大きい。
たった一人優秀な人材を逃しただけでも大きな代償となる時代になったのではないでしょうか?

ネットサービスは、安い労働力でガンガン作る工業製品ではなく、まだまだルネッサンス時代のような
一部の職人が世界を動かす時代です。
古河さんも人材の大事さに目覚めて良いパトロンになって欲しい。


そうしないとユーザーは沈黙しても株主が許さないでしょう。

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祝!開局 ネットラジオ「むてきんぐのぶち切れ音源集」

老師です。

先日、紹介した
「むてきんぐの恋愛中毒講座」の中にある
「架空請求業者との熱き口論バトル!」

がパワーアップして、ポッドキャスティングになった。
↓↓↓

むてきんぐのぶち切れ音源集
むてきんぐの戦いの日々をお送りしていきます!
である。



 私の勘は当たっていたようで、やはりポッドキャスティング向きの方である。
 凄いです。「むてきんぐ」さん。大手以上です!

私は、最近ラジオはあまり聞かない。
それは個性のない、ラジオっぽい、雛形に入ったしゃべりをするパーソナリティーが近頃多いからである。
(変なポップミュージックや洋楽を紹介する番組に多い。聞いていて辟易する。まるで全員同じようである。
きっと番組を作りたいのではなくてパーソナリティーという雛形になりたいのだろう。)

 その点、むてきんぐさんは、声も良いし、しゃべり方も雛形に、はまっていなくて良い。
 (無理にラジオっぽいしゃべりにしなくて良いのでは?)

 人は何か一つ才能があると言われるが、
 むてきんぐさんはきっとパーソナリティーの才能がある。

 私がネットラジオを行うときには
 むてきんぐさんにパーソナリティーを
 お願いしたいものである。

 開局おめでとうございます。
 応援しております。

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架空請求業者との戦いblog

老師です。

おもしろいblogを見つけた。

「むてきんぐの恋愛中毒講座」の中にある
「架空請求業者との熱き口論バトル!」は良い心構えになる。(内容は、R指定並なので子供さんの視聴は注意。)

語り口も独特なので
ぜひ、ネットラジオに進出してもらいたい。

ポッドキャスティングで聞きたい。
きっと人気番組になるはずである。

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livedoor好きじゃない

老師です。
署名で書く記者の「ニュース日記」で見たが

老師もlivedoor好きじゃありません。

以前EUDORA(メールソフトの一種)を使っていました。
livedoor(ライブドア)にサポートが変わってから、頼んでもいないのにドカドカ広告メールが来ました。
(以前のサポートはこんな事は無かった。)
それも、しつこい。止め方も分かりにくい。

それで嫌気がさして
「もうEUDORA使わないから全部 個人情報削除してくれ、これ以上やったら訴える」と
メールをしてやっと止まりました。

 さらに今度はOPERA(ブラウザの一種)です。
今度は元代理店のトランスウェアと、もめました。すんなり移行せず、
OPERAのノルウェーの開発元が「ご迷惑をおかけした」と声明を打つ始末…。
 いまだにサポートがどうなるか分からない状況。

 断言します。老師はlivedoorから良い事をしてもらった事は無いです。
livedoorが介入して、むしろ悪くなった事が多い。
 
 老師はlivedoorに投資することはないし、今投資している人はこのように
根強い批判派がいることを気づくべきである。

 現実に置き換えると良く分かる。
  livedoorにサポートが変わった途端、
  メールソフトはネットの郵便受け、そこにドカドカ広告が入る。
 ブラウザはネットを見る乗用車みたいな物、その元販売代理店がもめて
 アフターサ-ビスもどうなるか分からない。いかに尋常でないか分かる。

 知らないで投資しているのなら負の株主責任は今後存分に味わえるだろう。

 株主の方は株価に一喜一憂するのではなくlivedoorのこの浮ついた面を
 正して欲しいと思う。(そんなことは気にしていないので無理かな?)

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難しくない

老師です。

「週刊!木村剛」 又見てしまいました。やあおもしろい。

こういうのを待っていました。「知る権利」と「プライバシー」ですか。

一つ語りましょう。

日本は面白くて、外国ほどデモが起きない。
もう絶対デモだろうと外国の人が思っても実際何も起きない事が多い。

私の考えですが日本のマスコミは国民の代わりをしていると思います。

日本人はとにかく忙しいのである。

 海外のマスコミがそこまで過激でないのは、実際国民が動くので
バランスが取れているのではないか?
 
 日本人は、とにかく他人任せが好きである。今でこそDIYとか自己責任とか言うが
だいたい日本人は他人任せである。(難しい所はプロにお任せ!)
 それは自分も相手を裏切らないようにしっかり仕事をするし、相手にも期待する。
だから忙しいともいえるのだが今まではとてもうまくいっていた。
 商人は商売だけ、職人は技術だけ、政治は政治家だけ。

個々でベストを尽くし相手を裏切らないよう連携すれば素晴らしい世界が出来る。


 西洋のように自分で材料買って家を直したり、自分で車を修理したり(外国の映画で良く見る)
比較的しない。

 またこの民主主義、権利を国民が他人任せにした結果が日本のマスコミである。
 こういうところをみると日本人は案外、海外に負けないくらい、うるさい民族なのである
 事が分かる。
 
 おおむね、それは公人、話題の人関係に向けられる。
 それは「この関係の記事なら、みんな欲しがってくれるのでは?」
 という推測がマスコミ側にあるかと思う。

 私はニーズが正確にマスコミに伝わっていない事が問題と思う。
 こういう記事が国民も喜び面白いのではないか?少しズレた動きを感じるのである。

 ネットが無い時は全てマスコミに依存して提案も受けて、
 「これでどうでしょうか?」「お、お願いします」という関係だった。
 これがネットが出来て選択の幅が広がると、出版社等が慌てて、
 「これでどうだ!」「やりすぎです」とズレて来ているのだと思う。
 マスコミも生き残りに必死なのだ。
 
 「本当にこれを知りたい。ここをもっと掘り下げて欲しい。」
 そういう物を伝える場所が重要である。
 ネットなど丁度良い。

  緩やかなネット記者の出現である。
 これは閲覧者自身であり、個人である。近所の主婦、学生かもしれない。

 実際の出版で記事が本当に欲しいかはマスコミが選択すれば良い。
 ネットで次第に話題になる物の裏を選択して取る記事である。
(しっかりとした検証施設、データを出せる所に限定されていく)
  そのものズバリと出ないかもしれないが
 誰が見ても問題にならない公正な活字の出現を望む。
   
  そうすればマスコミの提供する物が個人のニーズとずれた記事にはならない。

 これで身の回りは非常に充実すると思われる。

  さて実際、危険な物の取材では、どうするのかと言う事である。
 これは、そのものに対して危険でない立場の人間がネット記者になるのが一番である。
 
 そうすれば先ほどの循環がうまく回る。
 
  問題は危険なものを危険な立場から取材した場合である。
 これはプライバシー等の問題が出てくる。こういうものは実際必要とされていない場合が多い。
 ニーズの不一致が考えられる。
 プレイバシー等の問題が多い物は必然的に消えていく運命になる。

 これを重視すると真実が何も見えないという人がいるかもしれないが、それはならない。

 個々の人間が記者なのだから。うまくバランスがとれていくと思う。

 ネットで悪い噂が流れる。それに関する検証記事が出版される。実は嘘ではないかとなる。
 ネットで悪い噂が流れる。それに関する検証記事が出版される。実は本当と分かる。
  結果はネットにフィードバックされ循環し、より細かく確実性が高まっていくと考えられる。

 話題に上らない場合の大事な物もあるのではないか?という意見もあるかもしれない。
しかしそういうものは、本当に今話題に上げる必要が無いものである。

 ネットに切り離されれば、それは情報世界に置いていかれるだけである。
いずれ孤立無援になるだろう。

かつてフランスの王様は自分の食事、日常生活を全て公開したらしい。
 国民は旺盛な国王の食欲を見て王の統治に信頼を得た。
 これを止めたフランスが没落したのは周知の事。
 逆に開かれた国民が支配してしまった。
 
 個人情報は公開しなくとも、自ら知りえた体験情報を随時自分の意志で公開することにより
 信頼度が高まる世の中になると考えています。
 
 それが公共の利益になる、という転換期ではないでしょうか?

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熱いぞ木村剛、または老師の野暮な話

老師です。

週刊!木村剛
モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために
を見る。

熱い人である。いつもより長文ではないか。
そうか植草を半泣きにさせた時の一面がこういうところに出ている。
木村剛さんの深さが見えた。

しかしこれでは
「ああ木村剛さんの記事を載せると良い人ばかり訪れてくれる」となるのだろうか?
blogを人に勧める時、「まず訴訟も考えてblogして下さい。」とは言いにくい。

これでは、正直トラックバックで少し書きにくくなった人が多くなっただろう。
盛り上がりと言う所で訪問者が増えると言う所で少し水が入ったと思う。

 さて

 私、金色老師はVF(バーチャファイター)のリングネームである。

木村剛氏も格闘技が好きとの事だが、これは格闘対戦ゲームである。
バーチャファイター4エボリューション大会「ファイナルトーナメント」
たかがゲームだが、熱くなる。熱くなり現実と区別がつかなくなり、対戦相手を直接攻撃するリアルマンもいる。
 しかし、いいかげんでは面白くない。(たかがゲームという人とすると、たいてい面白くない)
 日夜、連携を考え、対戦相手と真面目に勝負する。そう本来、趣味は真面目にするものなのです。

 さて以前対戦で相手を連続で負かした時、深刻に受け止め大声で「乗り込むぞ!」と叫んできた人がいた。
 
 
どうでしょうか? こういうのは野暮な話です。

 真面目と深刻は違うのです。

 訴えがあれば「ああ野暮な」と多くのネットワーカに広まり思われるのがオチでしょう。

blogは、ほとんど無償で、又は逆にお金を払ってネットワーカーが真面目に書く。

この内容を深刻に受け止めリアルで攻撃することしか出来ないなら、
それは相手がそこまでだったと言うことになる。
ネット上で人は離れていく。

ネット自体は金にならない。だから良い。そういう判断もあるでしょう。

続けられるなら木村剛さんは、このネット世界で、どうやって真面目にしていくのか
少しは模索しないといけないのではないでしょうか。
(実名で現実にて頑張ってこられた方は非常に難しい様子。逆に芸名の方は比較的すんなりである。)

基本であり、見落としがちな事である。
そういう意味で「かめはめ波」は真面目で良かった。そこが人気の理由だったと私は考える。


そういうことで実際の格闘技の殴り合いと格闘ゲームは違うと一見すれば分かる。
ところが、これでもリアルになる人がいる。

ネットの記事は見た目、活字と同じ。
その区別が出来にくい。
しかし、区別はゴミも多いことで明確である。違いは見極める目がより必要な点である。

活字はまずリスクが低い。ネットの記事はリスクが高い。

ネットで、ずばりと書いてある文章だと分かった時、効果が高いと感じた人は多いだろう。
逆にずばりと失敗する事もある。
 
 ネットの自主ルールは閲覧者にあると考えます。こういう流れが普通になっていくのでは?
(株式運用も自己責任ですしね)
 それがネットの流れを悪くさせないと思います。

 活字は、そういうリスクの高い有望な情報を見つける基本情報を与える物になっていくと考えています。
(ちょうど有望な株をビジネスを見つけるのに近い。活字はさながら証券会社か?)
 リスクの高い良い情報はネットの第一線で見つかる。こういう世の中を考えています。
ネットの歩き方講座、メディアリテラシーセミナーなど証券セミナー並に流行る世の中が未来。


そこにまだ活字がなりきれていない。ここが売れない理由でしょうね。又ここにチャンスもある。

 発言者が匿名性を守るか、守らないかあまり関係ない。言うなれば未公開株である。

このリスクの高さを喜んで、なぜ有効に投資に結び付けないのか。
 老師は不思議でならない。


 私も熱くなったが、真面目に書きました。

 長文、閲覧ありがとうございます。

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