iPod課金について 新しい音楽時代への希望

老師です。

Solid Inspiration Blog
を見て考えた。

今回は音楽の話である。

いきなりだが
iPodへ課金は駄目と考えます。

もう時代に合わなくなっている。


理想では昔は
そもそも音楽団体は広く多くの人に
楽曲を広めるために必要だった。

伝播の過程でみんなが勝手に自分が作曲したように盗作してしまうと
良い曲を広く公開することを芸術家がしなくなってしまう。
この仕組みの理想は、
「より多くの人へ良い曲を広める為」にあるのである。
(金をぶん取るのが目的ではない)


しかしネットが広がると、自分で曲を公開できるようになった。
しかも伝播ではなく直接、多量に渡すことが出来る。
現在は「より多くの人へ良い曲を広める為」という大儀は
簡単に実現できる。良い時代になったものだ。


現在の音楽団体は意識をしなくとも制限を与えようとし弊害になっている。
本来は、より公開するするための団体だったのに逆のことをしているのだ。


つまり旧来の音楽作曲家が足回りに使っていた団体は不要になる。
代わりに、ISPや回線使用料、セキュリティソフト、音楽PC機材メーカ等が
足回りに必要だが
お金はずっと少なくて済むか限りなく無料に近づく。

やっと音楽は多くの思惑やお金の上を走らなくて良くなるのである。

もっと進めると
これからは音楽芸術家と消費者は楽曲はネットで自由に無料で公表し
互いに立場を変えながら高めあう世界が出来ると思われる。
つまり専門の消費者、専門の音楽芸術家はというものはなくなる。

課金があるとすれば、
1.作曲者、演奏者への敬意
2.リアルで聞くための楽器提供や音楽芸術家を支援する施設(ホール、宿泊施設)
  を建築する資金

となるのではないか。

どれだけ広く、すばやく曲を広めることが出来るのか
これが今後の音楽芸術家の評価に繋がるだろう。

また新しい業界(ISPや回線使用料、セキュリティソフト、音楽PC機材メーカ等)も、
個々に著作権保護などの制限を組み込むことに労力を
注ぎ込むのではなく、
「リアルで聞くための施設、機材などに寄付を行う」ようにしなくてはならない。

その音楽施設は、広く門戸を公開しネットで有名になった人たちに
リアル発表の場所を演奏者に無料提供する。
入場料は取り演奏者へ基本的にすべて与える。

加えて政府も、新しい業界が寄付をしなくては税金を高くするなど良い仕組みづくりをしなくてはいけない。
そして施設と施設利用者から税金を徴収する。


 ネット→リアル→ネット→リアル
 という連鎖は音楽文化を発展させる。

楽曲がネットをすばやく駆け巡り、リアルで音楽を楽しみ、さらにそれがネットへフィードバックされ
さらにリアルで精度が高まる風土を作ると思われる。

このように加速すれば業界も機材が売れ利益を得ることとなる

当然政府も寄付分を差し引いても税収が増える。

施設も演奏会を開けば開くほど利益になる。

音楽芸術家も門戸が開かれる。


丸く収まると思うのだがどうだろうか?

以上を実現するにはコピーコントロールやiPod課金などの制限は足かせになるだろう。
歌は自由に歌え、音楽は自由に演奏できる世界が本来の姿ではないだろうか。

新しい音楽時代への希望をつぶしてほしくないものである。

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逸品

逸品と言うと色々有ると思うが、やはり作りの良さ、生活を楽にしてくれる物
払ったお金より効果がある物と言えると思う。

デザインが優れているとか良く言うがデザインほど不気味な物はない。
特に道具の場合そうである。

やっぱり基本的な機能が優れているのが前提でその上にデザインが乗っていないと
”格好悪い”と思う。

(以前 テレビでソファの特集があった。何百万円もするソファの話。デザイナーが
語っていたが、顧客が「貴方のソファはデザインが良いが座りにくい」と言ったらしい。
脚部にデザイン上構造欠陥がある。
デザイナーは「ではもう一つ座りやすいソファを買って、私のソファーは座らずに
鑑賞してください」と答えた。すると顧客は何とその高価なデザインのみ優れた
ソファを買ったらしい。”私は多分嘘”だと思う

しかし事実であったとしてもトンチとしては面白いが一般人はついていけないし、
お金の捨て場所に困っている人か刺激的なものを求めている人にしか意味がない。
また、こういう製品が逸品としてはびこると世の中にもよくない。)


俗に「逸品」と言われる物は、機能追及が到達点に達した枯れた技術の物が多い。

例えば、家具とか刃物とか万年筆とか時計とか車とかである。
豪華系の雑誌に偉そうによく載っているものである。

逆にパソコンとかプラズマテレビとかDVDレコーダーとかあまり逸品とか言わないと思う。

完成度が高い。これがこの言葉の重要事項と思う。
そのためには最先端分野では未知の問題も出易いので逸品は必然的に難しいのだ。


逸品は余り先進的なことは出来ないが、確実に高いレベルで従来知られた技術、効果を
実現する品と言えると思う。

私は日々の暮らしに刺激的なものは求めないので基本は逸品、
部分的に最先端なものを買うようにしている。

そうすることにより自分の生活を安定的に支え手助けしてくれると思う
バランスが大事と考える。

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